身の回りのもの
職業柄、ついつい身の回りの物を手にしては、「お、この設計はよく考えたな」なんて感心してしまうことがよくあります。
機械設計という立場から、どうしてもスマホよりも手動式の機械の方が見るのが好きです。
例えば、身の回りのものでいうと、車や自転車、掃除機や洗濯機などの家電などを見ては
設計者の魂を感じて、自分を奮い立たせています。
身の回りからすっかり消えてしまったのが、カセットテープです。巻き戻し、早送り、頭出し、色々な機能が付いたラジカセやウォークマンが次から次へと発売されていた時代と、物心ついてから大人になるまでの期間が一致しているので、どうしても家電製品が世界No.1だったあの頃の日本のモノづくりを理想像としてしまいがちです。
ウォークマンの技術
スティーブ・ジョブズが、ipodを水に沈めて、まだ小さくなると言ったそうですが、ipodと比べるとウォークマンの方がはるかに機械設計技術が盛り込まれた製品となります。
デジタル的には現代のスマホの方がけた違いに技術が上ですが、機械設計という断面でいくと、2000年前後くらいが人類のピークだったのではないかと思うことすらあるのです。
エンジン自動車も今後はEVにとって代わられます。もちろんEVにはEVなりの設計技術は必要ですし、今後もレベルが向上していくでしょうけれども、どうしても内燃機関を追求していったエンジン自動車の技術がなくなっていくのが惜しい気がしてなりません。
真の設計遺産は伝えるしかない
機械学会が認定している機械遺産というものがあります。
機械遺産Mechanical Engineering Heritage (jsme.or.jp)
時代とともに新しい技術に置き換わってしまい世の中からなくなっていく運命の機械を遺産認定しようと始まったものです。
この活動は素晴らしいし続けるべきだと思いますが、設計技術を後世に伝え続けるという面でいくと、あまり貢献できていない活動になってしまっている気がします。
とは言え、技術を伝えていくということは難しい問題です。作り続ける必要があるので、世の中の需要も継続しないといけません。
設計技術は人が伝えていくとするならば、過去の設計技術を習得して現代の技術とマッチさせたうえで設計をしないとけないのですから、後世になればなるほどしんどくなるという構造なのです。
これは、機械設計の分野に限らず、音楽や絵画と言った芸術や文学の世界でも同じことが言えるのかと思います。
自分が携わった設計技術なんて、ちっぽけなもの過ぎて笑われるかもしれませんが、後世に何か残せるような、何かを考案することが将来の夢です。
それが、教育なのか、ツールなのか、まだ分かりませんが、必ず何かを作りたいと考えています。